「夜は千の目をもっている 第1話」

萬画に限らず、小説でもそうですが、雑誌に掲載する場合、連載を続けていく長編作品と、短編の読み切り作品の2つの形態がございます。今回は、そのうちの読み切り作品にスポット当てたいと思います。

石森も多くの読み切り作品を書いております。短いページ数で、起承転結を創り、読者を納得させる作品を創作するのは、長編の持久戦とはまた違う大変さがあるでしょう。数多くの秀逸短編作品を描いてきた作者の作品群のなかで、初期の頃に発表した一作、「夜は千の目をもっている」、個人的には大好きな作品です。

ある家庭に家庭教師をするために訪れた女性が、その家にあるピアノを弾き始めると、そこの主に拒絶される。そこへ、主と戦友だった男が訪ねてきて、元優秀なスナイパーである主に殺人を依頼することで、一気にサスペンスの展開になっていきます。ピアノの旋律と、依頼を受けた主の行動がリンクするクライマックスは圧巻と言わざるを得ません。

この作品を久々に読み返してみると、読書中、何度も唸りました。まず、恐らく意図的だと思いますが、背景を至ってシンプルにしているのです。がっちり書き込まないで、コマの中の空白を大切にしているような気がして、全編通して“白基調”の印象を与えてくれます。其れがかえって、読者のイマジネーションを書きたてる要素になっていると思います。例えば、シャンデリア越しの天井からの俯瞰構図は、応接間を描いているのですが、シャンデリアを含めて家具の一つ一つも色味を付けずに、線でのみ表現していて、読者の頭で彩りを添えられるようにしているのでしょう。

主人公の父親が作詞作曲した「夜は千の目をもっている」という曲が、そのまま作品タイトルにもなっているのですが、その歌が物語全編のムードを醸し出しています。萬画でありながら、まるでその旋律が聞こえてくるような絵の表現は素晴らしいです。人物の間、部屋の中、或いは階段を駆け上がるように、コマの空間を音符が流れるように漂っていく表現の数々は、耳で聞こえなくても、その音符で描かれた一つ一つの音が耳に届いてきそうな錯覚に陥ります。

この作品の前から、この手法はあったのかなぁ。そのくらい現在触れても、その表現は新鮮に感じるのです。

 

※「夜の目は千の目をもっている」は、石ノ森章太郎デジタル大全では「龍神沼」に収録されています。

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