特集インタビュー
サイボーグ技術の開発競争が行われる未来がすぐに来ると思います

人生100年時代と言われるいま、長くなった寿命をいかに快適に生きるか。障害を持つ人も健常者と変わらない暮らしを楽しめるか。そんな社会課題に対し「サイボーグ」をテーマに掲げ、最先端の研究を進める齋藤教授にお話をうかがいました。

先鋭領域融合研究群 バイオメディカル研究所長
医学部教授(保健学系)/博士(医学)
齋藤直人(SAITO, Naoto)

信州大学様における「歩行アシストサイボーグプロジェクト」の主旨、なりたちについて教えてください。 

齋藤所長(以下齋藤):信州大学は、2014年に大学改革の一環として、研究に特化する人材と資金を集めるために、5つの研究所からなる「先鋭領域融合研究群」をスタートさせました。これは異分野の融合による新しい学問の創出を目指したものです。この趣旨に合わせて、医学系の「バイオメディカル研究所」が中心となって、工学系の「環境・エネルギー材料科学研究所」と繊維学系の「国際ファイバー工学研究所」が連携して、近未来型プロジェクトとして立ち上げたのが「サイボーグプロジェクト」です。既に信州大学で開発が進んでいた非骨格型の歩行アシストロボット「curara®(クララ)」を体内に埋め込むというアイデアを出したところ、「それはサイボーグだ」ということで「サイボーグプロジェクト」と呼ばれるようになりました。

なぜ『サイボーグ009』を、なかでも003/フランソワーズを起用しようとお考えになりましたか。

プロジェクトを、一般の方にもわかりやすくするために「サイボーグ」という呼び名を選んだのですが、もっとイメージを伝えるためには、シンボルが必要だと考えました。そこで「サイボーグ」といえばやはり『サイボーグ009』が、すぐ頭に浮かんで。最初、自分で石森プロに電話したんです。このプロジェクトのキックオフ発表のときに、スライドに「サイボーグ009」の絵があったらいいなと思って。インターネットで自分の好きなイメージの「サイボーグ009」の絵を探して、「こういうものを、これこれこういう次第で使わせてほしい」って。それでそのときは、もともとあった009の絵を発表のスライドに使わせていただきました。そうしたら、それを見ていた大学の広報が面白いと思ったのか、009を本格的にプロジェクトの広告塔にしてはどうか、と動いてくれて。そのために大学として必要な手続きを踏んでくれました。
本プロジェクト用にキャラクターを描いていただくことになったとき、どういう絵がよいかなと考えました。それで、歩行困難な高齢者をサポートするサイボーグはやさしいイメージがよかったので、おばあさんを003/フランソワーズが支える構図でお願いできないか、と相談したんです。おばあさんにもサイボーグ戦士のコスチュームを着せてもらえたのは、じつは想定外でした。とてもありがたい配慮をいただいたと思っています。

体内埋め込み型がなぜよいのか、その特長について教えてください。

装着型の歩行アシストロボットでは、もともと障害のある方が自分で着脱ができないので、常に介助者が必要なんです。これは現在の歩行アシストロボットの大きな問題でもあって、どんなに良いロボットでも使えないという方が多数いらっしゃいます。また、持ち運びが大変で、気軽に旅行に行くことができなかったり、ロボットを装着したままお風呂に入ることや、プールで泳ぐことも難しかったり…。そういった日常生活を送る上での問題を、体内埋め込み型歩行アシストロボットはすべて解決することができるのです。

現代における「サイボーグ」技術とは、どういったものが考えられますでしょうか。

私は整形外科医で、人工関節を専門としています。人工関節は既に50年以上の歴史があって、現在、日本でも年間10万件以上の手術が行われています。そして社会の高齢化に伴って増え続けています。この人工関節は、まさにサイボーグ技術ではないでしょうか。他にも、生体埋め込み型の医療機器、例えば人工心臓や人工内耳もサイボーグ技術と言えるでしょうし、その数や種類は増え続けています。

人体内において「サイボーグ」パーツと共存することの、課題がありましたらお聞かせください。

たとえば、歩行アシストロボットを体内に埋め込むためには、多くの課題があります。まず機能を落とさないで本体を小型化・軽量化することが必要です。また、生体親和性の高い…つまり人体に対して安全性の高い材料を使用すること、あるいはロボット部分を生体親和性の高い材料で完全に覆うことで、人体内部に触れないようにすることも重要ですね。さらにバッテリーも体内に埋め込むのであれば、非接触充電ができるようにしたり、容量を格段に増やす必要があります。そして、これらの技術向上と安全性が実証された後に、倫理的な議論が行われると思います。

003がプロジェクトに起用されたのは2016年からでした。当時からプロジェクトの進捗はいかがでしょうか。

装着型歩行アシストロボットには、骨に固定しても関節を動かせないという大きな課題がありました。ご自身の身体を意識していただくとわかると思いますが、人間の関節はそれぞれ、蝶番のように一方向に動くわけではなく、立体的に動いているのです。ですが、この課題は早くに解決し、いま開発しているものは、全く異なる方法で関節を動かせるようにしています。これにより複数の特許を出願しました。また、装着型ロボットの小型化、軽量化が進んだことも挙げられますね。現在はパンツのように履くタイプにまで進化しています。アウトリーチ(註:人々に興味と関心を持ってもらうために外に向かって働きかけること)としては、文部科学省の情報ひろばに展示されたことや、新聞や雑誌に取り上げられたこと、企業で説明会を行ったことなどでしょうか。

プロジェクトの期限は2020年と伺っています。それまでの見通し、またその先の展望はありますでしょうか。

2020年にプロトタイプを完成させます。現在、アクチュエーター(註:コンピュータが出力した電気信号を物理的運動に変換する機械・電気回路の構成要素)と制御機器を最適に組み合わせる作業に入っています。ただこれはあくまでプロトタイプですから、もちろん、人体に埋め込むためにはまだまだ多くの時間と費用が必要だと思います。でもこのプロトタイプで、そのコンセプトを示すことができたらよいなと。今後は、同じ夢を見てくださる企業と、一緒に開発を進めたいですね。興味のある企業の方には、信州大学のバイオメディカル研究所までご連絡をいただければ嬉しいです。

※バイオメディカル研究所(https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/ibs/

歩行アシスト装置の開発により得たものや見えてきたことはありますか?

医療機器開発のありようを考えるようになりました。信州大学は、サイボーグプロジェクトの発展形として、2017年からJST(文部科学省)の産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)のプロジェクト「生理学的データ統合システムの構築による生体埋込型・装着型デバイス開発基盤の創出」を開始し、すでに3年目に入っています。このプロジェクトは、日本における埋め込み型医療機器の開発を発展させるために、新しい情報システムを構築することを目標としているものです。もちろん人工心臓や人工内耳など全ての部位を対象としています。
生体埋込型・装着型デバイスは、これまで医学の各専門分野でそれぞれ個別に開発が進められてきました。人体との相互作用についても、各専門分野ごとに知見と技術が積み重ねられてきたのです。でもそれは、似ていることを開発する場合でもそれぞれの開発に委ねられてしまうわけですから、医療機器開発全体から見れば、効率はよくありません。また関連する他の分野の情報が足りないといった問題も出てきます。こうした問題を解決するために、

①個々が開発してきたデータを、集める
②①をもとに、まずはキーワード検索できるようにする
③①のデータをAIで解析し、医療機器開発における「ハザード」「リスク」「リスクコントロール」の情報を導き出せるようにする

という流れをつくるのが、このプロジェクトの主旨です。
これにより、オープンイノベーション(註:共同研究開発や、異業種間交流など、枠組みを超えて協業することで技術革新を行うこと)による生体埋込型・装着型デバイスの開発を加速させられると考えています。
それぞれの開発で得た知識を共有することが、第一のステップ。でもそれだけでなく、そのデータをAIにどんどん学習させることで、医療機器開発における「ハザード」「リスク」「リスクコントロール」の情報をバーッと導き出してくれるようにできるわけです。例えば「人工関節」でも「サイボーグ」でも、あるキーワードで検索したときに、その開発に関係するデータはもちろん、気を付けねばならないことや危険性、その対処法までを共有する。それが目指すところです。
最終的に、開発に携わる人々が共有できる「ツールボックス」として機能させられたら、医療機器の開発や承認を取得するために役立つ情報を集めて、必要に応じて様々に活用できるようになるはずです。そうすると例えば、安全性の評価基準を統一できたり、情報をもとに新たな医療産業を育てることにも役立つのではないかと期待しています。

ちなみに先生ご自身は、『サイボーグ009』や石ノ森作品の想い出などありますか。

『サイボーグ009』は、子供のころから常に身近にありましたよ。特にあの赤いコスチュームは印象的でした。サイボーグといえば、私の年代では誰でも『サイボーグ009』が出てくるんじゃないかと思います。009以外では、雑誌に連載されていたころから『HOTEL』が好きでしたね。画風と、人間的な物語がうまく合っていました。

『サイボーグ009』には「黒い幽霊(ブラック・ゴースト)」という、脳だけで生きる存在が登場します。身体を失っても脳のみで生きる未来、あるいはコンピュータが人にとって代わる未来は、考えられるのでしょうか。

脳のみで生きるという未来は、医学的にもあると思います。その人が幸せかどうかはわかりません。AIやディープラーニング(註:人間が自然に行うタスクをコンピュータに学習させる、機械学習の手法)の進化によって、コンピュータが人にとって代わる、ということはないと思います。先に触れたOPERAプロジェクトは、IBMのワトソン(というAI)を活用して開発を進めていますが、まだAIの凄さとか怖さを感じたことはありません。コンピュータの役割は変わっていきますが、人の心は複雑すぎて、解明することはできないでしょう。人の心を模倣したコンピュータはできても、本当の心をもったコンピュータを、自分の心すらわからない私たちが作ることは論理的に不可能だと思います。