マンガ日本の歴史」新装版発売記念座談会

マンガ日本の歴史」新装版発売記念座談会を石森プロにておこないました。 1989年から5年8か月かけて描き下ろしされた石ノ森章太郎の「マンガ日本の歴史」全55巻が、中央公論新社より、新装版文庫全27巻として装いも新たに2020年11月10日から刊行がスタート、毎月順次リリース予定です。 新装版リリースにあたり、「マンガ日本の歴史」を推薦してくださった東大卒最強のクイズ王・伊沢拓司氏が石森プロを訪れ、「マンガ日本の歴史」の魅力について語ってくれました。 中央公論新社の編集担当・深田氏を司会に、石森プロ代表取締役会長の柴崎誠と、当時実際に作画スタッフとして関わった早瀬マサトが、お話を伺いました。

◆ 『マンガ日本の歴史』を読むという体験が、まさに「萬画」に触れること

柴崎

伊沢さん、ご年齢は26歳?

伊沢

はい。実はあまり『仮面ライダー』を観ていなくて、父の影響で『サイボーグ009』が好きでした。 うちの会社(QuizKnock)は本当に、『仮面ライダー』が好きなメンバーが多くて。

早瀬

石ノ森萬画館に行かれた事もあるそうですね。

伊沢

大学2年生の時に、宮城県の海沿い一帯をずっと自転車で旅行しまして、その時にお邪魔させていただきました。
3時間ぐらい、楽しく、結構真剣に観させていただきました。初めて観るものばかりで、生の原稿などもすごく充実していたので思い出に残っています。

早瀬

漫画家の記念館は、漫画の原稿が主となるので、わりと平板な感じになってしまうんですけれども、石ノ森萬画館は立体物も多いですから。

伊沢

そうですね!入り口に先生と握手できるところがあったり、吹き抜けに大きな模型があったり、すごくワクワクしました。
解説も充実されてるので、大人も読み込めるというか、とにかく楽しかったです。
(『マンガ日本の歴史』に収録された「萬画宣言」のページを見ながら)

柴崎

これが先生の「萬画宣言」ですね。

伊沢

萬画。『マンガ日本の歴史』を読むという体験が、まさに「萬画」に触れさせていただいた、という感じでした。

――『マンガ日本の歴史』は石ノ森先生のライフワークの一つだと思います。伊沢さんがどのあたりに惹かれたのかをお聞かせいただければ。

早瀬

石ノ森先生の全集(石ノ森章太郎萬画大全集)が500巻あるのですが、そのうち55巻が『マンガ日本の歴史』なんです。

伊沢

十分の一以上。

――当時、早瀬さんはアシスタントとしてご参加いただいていましたが、当時の苦労話など、少し。

 
早瀬

苦労……ホント苦労ばかりでしたね。
(全員爆笑)

伊沢

これだけあると、そうですよね。

早瀬

私は、石森プロに入る前にも漫画家のアシスタント経験があったんですけれども、やってみたら全然違ったのです。
漫画というのは、実写などと比べてどこに優位性があるかというと、「デフォルメ」なんですね。
でも、そのデフォルメを考証家の先生から禁じられてしまったんです。

伊沢

おお~。

早瀬

例えば、豪族の住む館の場合、巨大な木造建築物をバーンと迫力を持って描きたいわけですよ。そうすると考証家の先生が、「当時、こんなに大きな木は存在しない」とか仰るんです。

伊沢

おお~なるほど。

早瀬

でも、漫画ってわかりやすく記号的に描くものじゃないですか(笑)。

伊沢

(笑)

早瀬

そんな大きさじゃないんだけど、誇張して大きく(見えるように)描く、という文化です。だから、かなりそういった意味では厳しかったですね。

柴崎

制約が多かったんですね。

伊沢

真逆になっちゃうわけですね。

早瀬

そうなんです。でも、ちょうどタイミング的に石ノ森先生は「萬画宣言」をされて、「すべての萬画は森羅万象である、萬画で描けないものはない」っておっしゃってるんです。
そんな宣言をしているわけですから、その中でいかに表現していくかという……戦いの歴史です。

伊沢

ははは(笑)

早瀬

まぁ、戦いの歴史というと、対立構造みたいに聞こえますけれども、決してそうではなくて、考証家の先生と話し合って……編集者の方が間に挟まれて苦しんだっていう話なんですけど(笑)。
その甲斐あって、素晴らしい作品ができたとは思っています。

伊沢

なるほど。

早瀬

もしかしたら考証家の先生方は、漫画というものをあまり読んでいらっしゃらなかったのかもしれません。
逆に私たち漫画家のアシスタントは、歴史をそんなに勉強しているわけではないわけですから、本当に助け合うというか。
だから普通の、多分、倍ぐらい時間をかけて描いていたと思います。それでも、月に200ページ描き下ろしですから……。

伊沢

すさまじい量ですね。

早瀬

すさまじい量なんです。週刊連載漫画家で月80ページくらいですね。

伊沢

それぐらいは、普通に考えてマックスぐらいですよね。

柴崎

石ノ森先生は、特に早かったですけれど。

早瀬

全盛期には、560枚。

伊沢

ふふふふふ(笑)。想像できない。いやぁ、すごいですよね。そのペースで描かないとこれだけの量は仕上げられないですよね。

――毎月、毎月、1巻ずつ本当に出したんで、奇跡と言われています(笑)。

 
伊沢

そうですよねぇ。

柴崎

さらに石ノ森先生は、これだけ描いていたわけじゃないですから。

――そうなんです。同時期には『HOTEL』も連載されていましたね。

 
伊沢

(描くときには)『HOTEL』とはまた別の頭の使い方になるでしょうし、余計に大変だったんでしょうね。
マンガ日本の歴史』は、本当に描写が正確なのに、ストーリーとして読んで非常に面白いというのがすごくいいところですよね。
先ほど歴史考証の話がありましたけど、やっぱり、通り一遍の描き方をしていないというのはすごいところだと思います。
例えば、弓削道鏡って悪者として描かれることが多いんですが、石ノ森先生のタッチだと、常に表情が暗くて、称徳天皇から色々要求されて、あれよあれよという間に立場を得てしまって戸惑っているような表情を、常にしてるんです。
普通、道鏡は剣呑にふるまって、悪者、悪者、ニヤニヤニヤニヤ……みたいな描かれ方をされるんですよね。
ところが、道鏡の置かれた立場やスタンスをかなり歴史に忠実に、流されずデフォルメせずに描かれていて、そういうところがすごいなあと、今回読み直して思いました。
やはり入り組んだ情勢、それこそ南北朝動乱だったり明治維新期だったりの話を描くのは結構大変だし、漫画的に面白くするのは難しいそうだなと思うんですが、すごくきっちりと描かれていて。
その中で個々人の思ったことも、表情などにフォーカスをあてることによって伝わってきて、漫画的な面白みをちゃんと担保している部分なども、流石だなと感心しました。
マクロとミクロの切り替えみたいなところも、とても丁寧にお作りになられてますよね。
難しくて普通なら両立できなそうな、正確性とストーリーとしての面白さ。日本の歴史への興味のありなし、その度合いにかかわらず、まず漫画として面白いのがとにかくすごいと思いますね。
細かな事例を挙げるとキリがありませんが、織田信長を。桶狭間から信長が死ぬまでの一連の流れなども、秀吉視点になる部分と、大きな視野になる部分との切り替え、ホントにマクロとミクロの切り替えが上手ですよね。
秀吉の語り口も様々な解釈がありますが、石ノ森先生はフラットに描かれていてとても良いです。ストーリーとしてただただ面白い。
ただ事実が並べられているだけではなくて、人と歴史を大まかな俯瞰で捉えています。

早瀬

ありがたいお言葉ですね。

伊沢

相当計算されてお作りになられているのに、描かれた速さが驚異的です。
速さのことを知らずに読んでいたので、すごい緻密にできているなと思っていましたが、そのスピードで描かれたことを知ると余計に、なぜこれだけのものが作られたのか、どれだけの情熱が注がれたんだろうと、想像を絶しますね。

柴崎

プロジェクトへの思いが詰まっていたんだと思います。

――1989年からスタートした企画ですので、30年以上経ちました。

早瀬

石ノ森先生は(執筆開始から)10年後に亡くなられてしまったんですけれども、作品としてこうやって残ってくれると、「作者は死んでいない」という気持ちになって、私は嬉しく思っています。

伊沢

ホントにそうですね。

柴崎

先生の作品は、本当に登場人物が生き生きしていますよね。

伊沢

歴史の1パーツとして捉えられかねない人たちが、ちゃんと自分たちの言葉をしゃべっているように思えるんですよね。心が入っていく感じがします。 それは何も主役だけじゃなく脇役たちもそうだし、例えば縄文のところは、誰か有名な人が出てくるわけじゃないので難しいと思いますが、すごく生活感が伝わってくる登場人物を作り上げていて、すごいです。

早瀬

ドラマチックというか、映画的ですよね。

伊沢

そうですね、場面の切り替わりも映画的ですね。画の力というか……俯瞰の画で入って行って、秀吉を見上げるようなショットとか、秀吉が考えている頭の中がパーっと出てきたりとか、フォーカスしていく感じがとても面白いです。

柴崎

先漫画はコマで全部表現しなければいけないから、監督もカメラマンも脚本も全てを一人でやらないといけない。時代考証のいろんな方々から聞いた話を頭の中で組み立てて、すべての作業をするわけだから、すごいですよね。

伊沢

本当にそうですね。全部を自分で組み上げられたからこそ、自分の理念に基づいた作品が作られたのかなという感じがします。

◆ 一つ一つの物語としてのこだわり、漫画作品としてのこだわりをすごく感じました

早瀬

スタートした平成元年の2月に手塚治虫先生がお亡くなりになりました。
漫画業界にとって激動の時期で、漫画の行く末をすごく心配されたと思うんですよね。その中で『マンガ日本の歴史』を出して、漫画にもう一度活気を持たせなければいけない、漫画で何でもできるってことを人々に知らしめなければいけないと、かなり力を入れた企画だったと思います。

柴崎

まさに「萬画宣言」を実践した作品ですね。

――この全集をスタートする前に宣言されたんです。まさに『マンガ日本の歴史』は、先生が「萬画宣言」を立証するためにも描かれたんじゃないかと。

伊沢

「萬画宣言」を体現される場としてはとてもいい作品だったのかもしれないですよね。
歴史の中にはありとあらゆるものが入っていて、それこそ縄文のところは生活がベースになっているし。奈良のところは政治制度に寄ってきちゃう部分があって、歴史の授業で学ぶところは政治制度がメインになっちゃっていますが、その裏には人の生活があるという点もちゃんと入っているし。
当時の流行や、それこそ人と人との争いの歴史とかも含めて、本当にいろいろなものが入っているのが歴史だったと思うので、まさに萬画としての可能性を追求された作品になっていると思います。

 

早瀬

この作品では、衣装の考証家の先生のお力も借りて、服の柄なんかも全部当時のものに寄せて描いているんです。

伊沢

すごい!

早瀬

当時の服の柄をスタジオでシールにして1枚1枚貼っています。

――家紋も作っていましたよね。

早瀬

作っていましたね。

伊沢

柄も家紋も、オリジナルで!

早瀬

時代によって服の柄が違うことを丁寧に描いています。言われてみれば「それはそうでしょうね」という話なんですけれども、でも今まで、そんなことをやった漫画家っていなかったわけです。

伊沢

すごい。

早瀬

だから、アシスタント4人でスタートしたんですけれども、「とてもじゃないけど、これは4人じゃこなせない」という話になって、最終的には12人まで増やしました。
それだけアシスタントがいても、石ノ森先生は手が早くて(アシスタントの作業が)追いつかないわけですよ。もう大変でした…。本当にスーパーマンを見るような思いでしたね。

伊沢

12人!現場の混乱とかも大変だったんじゃないですか?

早瀬

そうですねぇ、現場の混乱もありましたが、やっぱり一番大変だったのは石ノ森先生だったと思います。
石ノ森先生はご自分で全部キャラクターを描かれるんで、本当に大変だなぁと、見ていて思いました。

伊沢

でも、それを支える人がたくさんいらっしゃったからこそですね。

早瀬

12人いても追いつけないんだから情けない限りです。(笑)

伊沢

でも、きっとそのスピード感がないと、歴史をつづり続けていくという、先の見えない作業を続けるのは大変だったんだと思います。
その速さを持っていた石ノ森先生だからこそ、できた作品かもしれないですよね。ゆっくりゆっくりやっていたらとても…。それで正確性が担保され、且つ映画的に読んで面白い、というのはやはり奇跡のような作品ですね…。

 
早瀬

当初、4年間で48巻というシリーズでスタートしましたが、途中で絶対止まるなと思っていました(笑)。

伊沢

ええ~(笑)。

早瀬

でも止まらなかったですよね。

――止まらなかったです。

伊沢

4年で48巻、しかも1巻ごとが別に薄いわけでもなく、しっかりとしたページ数があって…。途方もないです!先生はもう、ずっと淡々とやられていらっしゃったんですか?

早瀬

淡々とやっていましたねぇ。

伊沢

すごいですね。

早瀬

あの頃は、漫画以外の仕事…講演会の仕事とか、テレビの仕事もされていましたから……あぁ、だから、まさに今の伊沢さんのような状況ですね。
伊沢さんも、寝る間もないような感じで多分やってらっしゃると思うんですけれども。

伊沢

いえいえ、とても敵わないです。すごいですね。そんな中でペースを保たれて。

早瀬

当時、石ノ森先生が50歳で執筆スタートしてますから、それは大変だと思います。
いま私も50歳になって、痛感しますよ。目も老眼で見えづらくなるし、徹夜もこたえます…。
全員:(笑)

伊沢

文字の量もすごく多いですもんね。
必要な所には、やっぱり文字を割いているし、細かなイラストはとっても細かい。
特に各巻の終わりの引きの部分、ちゃんとまとめて次の巻に繋がるようにしているところ。「これ、次どうなるんだろう」って思わせる終わり方になっていますよね。
歴史だから、ある程度は知っているはずなのに、「今までの展開がどう繋がっていくんだろう」って思わせる、そういう一つ一つの物語としてのこだわり、漫画作品としてのこだわりをすごく感じました。

――伊沢さんにいただいた「歴史好きを育てる、読めば人に語りたくなる」っていうこの言葉が、非常に印象的でした。

伊沢

ありがとうございます。 物語になっているし、物語って語るもの、語り継がれていったものだから、そういう意識はとても強くお持ちだったのかなと、特に各章の引きの部分を見ると思いますね。 ストーリーとして大枠で捉えてもいるし、各章が一つ一つで繋がってもいるし、読み進めるためのもの、という意識はすごく感じました。

――本日はありがとうございました。

伊沢

ありがとうございました。

柴崎
早瀬

お忙しいところありがとうございました。

「新装版マンガ日本の歴史」全27巻は2020年11月10日に第1集~第4集が同時発売、以降毎月25日に刊行予定。
各巻定価840円+税(27巻のみ1200円+税)、中公文庫。